
女子栄養大学名誉教授 吉田企世子先生インタビュー
あまりの数値の高さに再分析!日本で初めてモロヘイヤの栄養分析をした吉田先生に当時のお話を聞きました。


健康野菜として有名なモロヘイヤですが、食用として日本に紹介されたのは、それほど古くありません。各地で栽培が始まったのは1980年代前半頃です。
言語学者としてエジプト滞在中にモロヘイヤに出会い、日本に持ち帰り普及に務めたのは飯森嘉助氏。
その飯森氏から依頼され、日本で初めてモロヘイヤの栄養分析をしたのは、現在、女子栄養大学名誉教授で農学博士の吉田企世子先生です。
吉田先生は、長年、野菜の栄養成分について研究され多くの功績を残されてきた方で、2014年には瑞宝小綬章を受章されています。
今回、女子栄養大学駒込キャンパスを訪問し、当時のお話をお聞きしました。

未知の野菜、モロヘイヤ
日本で初めてモロヘイヤの栄養分析をされた吉田先生にお目にかかれて光栄です。当時、モロヘイヤは、まだ日本ではほとんど知られていなかったと思いますが、栄養分析をすることになった経緯を教えていただけますか?
吉田先生:1979年に、飯森さんがモロヘイヤの試食会を開かれたのです。
当時私は、女子栄養大学で野菜の成分分析を専門とする研究者でした。大学の同僚が飯森さんのご友人と知り合いで、その試食会に招かれ、私も誘ってくださったのです。
「めずらしい野菜の試食会」と聞き、私は興味津々で参加させてもらいました。

吉田先生:その時に出されたお料理は、チキンをスープで煮たものに刻んだモロヘイヤの葉を入れて煮込んだ料理と、モロヘイヤの葉の天ぷらでした。
チキンとモロヘイヤの煮込み料理は、エジプトでのモロヘイヤの代表的な料理だとお聞きしました。モロヘイヤから自然のとろみがでて、とても美味しいと感じました。天ぷらも、シソのような強い香りはないものの、噛むと葉の独特の粘りが感じられ、美味しくいただきました。
その会で、モロヘイヤは現地エジプトでは「健康にいい野菜」と言い伝えられていると紹介されました。野菜の栄養の専門家である私が同席していたので、「それなら実際どのくらいの栄養成分が含まれるのか、調べてみましょう」ということになったのです。
その時点で、すでに「モロヘイヤ」という日本名で呼んでいたのですか?
吉田先生:そうです。アラブではムルーヘイヤ(Mulukhiyya)と呼ばれているそうで、そこから飯森さんが日本名「モロヘイヤ」と名付けたようです。
ありえない分析結果が出てしまった!
モロヘイヤは、まだ日本で売られていなかったと思いますが、試食会や分析に使われたモロヘイヤを、飯森さんはどう調達されたのでしょうか?
吉田先生:飯森さんの教え子の1人が興味を持ち、飯森さんがエジプトから持ち帰った種で栽培を試みたところ、うまく生育し収穫できたそうで、そのモロヘイヤを使いました。

分析をされてみて、数値に驚かれたそうですね。
吉田先生:そうなのです。ビタミン類を測ったところ、とても高い数値が出て驚きました。これまで扱ってきた野菜の数値とはかなり異なりましたので、このデータをこのまま公表するのには不安を感じました。
普通ではありえないような数値が出てしまった場合は、なんらかのミスがあった可能性を疑います。試料の扱い方から分析方法、計算方法などを再検討することが重要です。
そこで念のため、他の分析機関にも測定を依頼しましたが、同じ結果でした。
ミネラルは長野県食品衛生協会が分析を行いましたが、こちらも高い数値が出ました。
100gあたりの含有量で言えば、メザシよりも多い260mgのカルシウムをはじめ、530mgのカリウムなど、ミネラルも豊富です。
ビタミン類では、100gあたり10,000μgのベータカロテン、0.42mgのビタミンB2は、共にホウレンソウの2倍以上。ビタミンB1も 0.18mgで、ホウレンソウの1.5倍以上です。抗酸化作用の強いケルセチンも豊富で、大変驚きました。
その時の分析結果は1988年に飯森さんの編集で発行された、『新健康野菜 モロヘイヤ』に掲載されています。

『新健康野菜 モロヘイヤ』飯森嘉助 編
飯森さんは熱意のある行動派で、『モロヘイヤ普及協会』を設立され、熱心にモロヘイヤの普及に努められていました。
普及に努めた飯森さんと、栄養分析をされた吉田先生は、その後の健康野菜モロヘイヤブームの立役者ですね!
今も注目の野菜、モロヘイヤ
先生が監修をされた書籍、『正しい知識で健康をつくる あたらしい栄養学』の中でも、モロヘイヤは紹介されていますね。活性酸素を減らす野菜として、血糖値上昇を抑え糖尿病や動脈硬化の予防に効果のある野菜として、また、今注目の栄養素「葉酸」を多く含む野菜としても紹介されていました。
吉田先生:はい。特に妊婦さんに必要と言われる葉酸ですが、赤血球の生成や細胞の新生に働く重要なビタミンなので、誰もがしっかり摂る必要があります。最近の研究では、認知症の予防効果があることも報告されています。
限られた食材にしか含まれないことと、日本人は特に体内利用率が低いと言われていることから、意識的にたくさん摂るようにしたい栄養素です。葉酸を摂るという意味でも、モロヘイヤはたくさん食べていただきたい食材の1つですね。
妊婦さんの場合は、摂取推奨量がとても多いので、サプリメントで摂ることが奨励されています。
栄養がわかりにくくなった現代
先生は、食品の栄養成分研究を長年続けてこられましたが、現代の日本人の栄養状態について、どのようにご覧になっていますか?
吉田先生:現代は昔に比べ、加工品などが増えて複雑になっています。知らず知らずのうちに栄養バランスが偏ってしまうということが起きていると思います。健康でいるために、専門家でなくても、栄養についての正しい知識を身につけることが大切ではないかと思います。
本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

吉田企世子先生のご紹介

女子栄養大学名誉教授の吉田企世子先生は、食品の機能に着目したパイオニア的研究者のひとりです。同大学で40年間、植物性食品学の研究を続けられました。その間に農薬や化学肥料の農作物への影響に興味を持たれ、東京大学での有機質肥料の施用効果に関する研究で農学博士号を取られました。
農薬や化学肥料を調べようと思われたのは、作家・有吉佐和子の長編小説『複合汚染』にインスパイアされてのことだったそうです。
その後も、栄養分析や品質の研究で多くの功績を残され、2014年には瑞宝小綬章を受章されています。
数々の素晴らしい研究結果を残されている吉田先生ですが、今年87歳。お姿も若々しく、お話も明瞭でおもしろく、とても80代後半とは思えません。
現在の生活は、水泳、スクエアダンス、オープンカレッジ、英会話やお友だちに会う時間など、毎日活動的にお過ごしのご様子。94歳のご主人もお元気なのだそうです。
健康の秘訣はやはり、野菜をたくさん食べる健康的な食生活でしょうか、とお聞きしたら、「はい。野菜はよく食べますね。朝食はポーチドエッグに野菜料理を添えて。あとはヨーグルトに果物です。主人はパン焼き器を使って自分で焼いたパンを食べます。主人は肉も大好きなんですよ」というお答え。
野菜だけでなく、バランス良くなんでも食べられているとのこと。
今や人生100年時代、ぜひ、見習いたいと思いました。