
松阪牛だけじゃない!三重県松阪市のモロヘイヤ・レポート
モロヘイヤ栽培の先駆者、三重県のJAが救ったモロヘイヤの危機とは


三重県松阪市のモロヘイヤ農家、小泉寛美さんのモロヘイヤ畑。
日本のモロヘイヤ栽培のトップランナー、三重県
1980年代半ばにモロヘイヤが「野菜」として紹介されてから、モロヘイヤ栽培の先頭を走っていた県といえば、まず、三重県の名前があがります。
今回は、三重県のモロヘイヤ生産量の80%を占めるという松阪市へ訪問。JA松阪営農部の長嶋さんにお話を伺いました。

JA松阪 営農部の長嶋さん。JA松阪農産物直売所「きっする黒部」のモロヘイヤ販売コーナーにて。

JA松阪「きっする黒部」は、県下最大級の売場を誇るファーマーズマーケット。農産物はすべて農家から直接搬入され、生産者の名前が入った「顔の見える商品」として販売されています。
「きっする黒部」の看板に描かれているキャラクターは、JA松阪のイメージキャラクター「きっするん」。JA松阪30周年を記念し、2018年に誕生したキャラクターです。前髪はモロヘイヤ、おさげ髪は三重なばな、赤いシャツは松阪赤菜をイメージしたカラーになっています。

三重県のモロヘイヤ栽培の幕開け
三重県では、1986年頃から少しずつ、モロヘイヤを栽培する農家が増え、1989年には、JA全農みえが事務局を務める「三重モロヘイヤブランド化協議会」が立ち上がっています。
日本に入ってきて間もないモロヘイヤを、三重県が県産ブランド野菜にしようと考えた理由、それは、三重県がなばな(菜花)の産地だったことと関係があります。
なばなの栽培時期は10月下旬から翌年の3月下旬まで。それ以外の期間、かつては養蚕が盛んでしたが、時代の移り変わりとともに衰退してしまいました。代わって注目されたのが、夏に栽培する野菜、モロヘイヤだったというわけです。
栽培開始当初は、夏野菜としての地名度がまったく無く、販売は苦戦しました。夏場の最低価格10円という苦しい時期もあったそうです。
ところが、テレビでモロヘイヤが「健康野菜」として紹介されると、瞬く間に爆発的な人気となっていきます。
JA松阪では、冬場になばなを生産している農家にモロヘイヤの栽培指導を行い、なばなの裏作として生産量をぐんぐん伸ばしました。三重県は、すぐにモロヘイヤ生産のトップランナーになったのです。
売り先も県内にとどまらず、関西圏、中京圏、関東や北陸にまで出荷していました。関東便の大型トラックには「三重モロヘイヤ」と大きく看板を描き、宣伝も積極的に行ったそうです。
そんな矢先、業界を震撼させる事故が起こります。
モロヘイヤを食べた牛が死亡!?
スーパーからモロヘイヤが激減!
この事故が起こったのは1996年。長崎県の黒毛和種の繁殖農家でモロヘイヤを食べた牛5頭のうち3頭が死亡したというものでした。
このニュースが全国に広がり、「モロヘイヤは毒があって危険」というイメージが一人歩きしそうな状況でした。モロヘイヤの注文は右肩下がり。全国のスーパーからモロヘイヤが消えかねない事態となりました。
その後の研究でわかったことですが、この毒の正体はストロファンチジンという強心配糖体でした。
強心配糖体は強心作用のある成分で、心臓の動きを強くし、機能を高める効果があります。強心剤は心臓の薬として使われていますが、血中に入る濃度によっては、中毒を起こします。中毒の症状としては、不整脈や食欲不振、嘔吐、頭痛などがあり、死亡した牛は中毒を起こしたものと思われます。
三重県のJAが動く!
この事故に対し急遽行動を起こしたのが、生産量No1、県産ブランド野菜としてモロヘイヤの出荷が好調だった三重県のJAです。
県内の研究機関でストロファンチジンについての研究を進め、さらに全国の研究者をたずねて意見をききました。
その結果、ストロファンチジンが含まれ、毒性があるのは、主に種子と成熟種子が入っている莢(さや)、発芽後の双葉のみであること※1。また、それらの部位も、かなりの量を一度に食べない限り、健康には影響がないことがわかりました。
その結果を踏まえ、JA松阪を中心とした三重県のJA関係者が全国のスーパーや小売店に出向き、「食べごろのモロヘイヤは安全」「農家が出荷するモロヘイヤは種子や莢は入らないので安全」ということを説明して歩きました。雑誌や新聞などのメディアにも正しい情報を広めてもらうよう、働きかけました。
このような努力が実って、モロヘイヤの流通が復活。今でもモロヘイヤがスーパーで手に入るというわけです。
日本の市場から消えたかもしれなかったモロヘイヤの危機。救ったのは三重県のJAの人々の熱意だったと言っても過言ではありません。
※1 厳密には、発芽から1ヶ月程度の期間の根、茎、葉にも少量のストロファンチジンが残っていますが、80%は双葉に含まれており、双葉が落ちると同時にストロファンチジン含有量は激減します。収穫期においては、根、茎、葉のいずれにもストロファンチジンは含まれないことがわかっています。詳細は下記を参照。
三重県のモロヘイヤ、現在の課題
高齢化による農業人口の減少傾向は、三重県も例外ではありません。
モロヘイヤ生産農家は、ここでも減り続けています。
しかし、ただ手をこまねいて見ているわけではありません。もともと三重県には、JAと生産農家が一丸となって、数々の試練を乗り越えてきた歴史があります。
売り上げを増やすための施策として、カレールーとモロヘイヤを一緒に販売するなど、食品メーカーとのタイアップキャンペーンを考えたり、出荷しやすい箱の形状を研究したり…
葉先の柔らかい部分のみを摘み取り、揃えずに袋詰めした、三重県産モロヘイヤのブランド商品「まるごと三重モロヘイヤ」の考案も、生産農家の作業の効率化と消費者の使い勝手の一挙両得を狙った施策の1つです。

生産者は下葉を取り除く作業や、枝を揃えて袋詰めする手間が省けます。また消費者に調査したところ、茎の下部の硬い部分は食べない人がほとんど。あらかじめその部分が取り除かれていると、そのまま調理できるし、全部食べられてお得感があると言います。
1本1本手で摘み取る収穫作業に、多くの労力を要するモロヘイヤ。現在、JA松阪では、お茶の収穫に使う茶刈機での収穫を試験中です。生葉での出荷用には向きませんが、加工食品の原料として使うモロヘイヤなら短時間で大量に収穫できます。

茶刈機での収穫の様子
そうしてできた原料の使い道として、加工品などの商品開発も進めています。
こちらは「きっする黒部」で販売されている「モロヘイヤドレッシング」です。

松阪産モロヘイヤを使ったモロヘイヤドレッシング。化学調味料や添加物は一切使われていません。サラダだけではなく、肉やパスタにも合うそうです。
「まるごと三重モロヘイヤ」の生産者さんを訪問
JA松阪 モロヘイヤ部会の先頭に立ってきた 小泉寛美さんの畑を見せていただきました。ハウスと露地、それぞれ2アールの畑でモロヘイヤを栽培されています。

「モロヘイヤのホームページ?それならもっと早くウチに来てくれたらよかったよ」と、笑顔で迎えてくださいました。

小泉さんの畑のモロヘイヤは、全体に背が低く刈り取られていました。先ほどJAで聞いたお話のとおり、背が高くなる前にどんどん枝を落としているそうです。収穫しやすくするためでもあり、また風で倒れるのを避けるためでもあります。
お一人での収穫は大変だそうですが、「まるごと三重モロヘイヤ」として出荷するようになってからは、茎を切りそろえる作業がない分、ずいぶん楽になったそうです。1日の平均出荷数は、300袋くらいとのこと。
三重県が発祥の地!?モロヘイヤ収穫で使う「桑爪」
今では各地のモロヘイヤ農家が、収穫するときに指に付けて、茎を切るのに使う「桑爪」という道具があります。桑爪はもともと桑の葉を摘み取るための鉄製の爪で養蚕の道具。これをモロヘイヤの収穫に使い始めたのは、かつて養蚕が盛んだったここ、三重県のようです。(注:群馬発祥説もあるようです)

下が桑の収穫で使う本来の「桑爪」。上が汎用的に使える「桑爪」。
小泉さんに、桑爪でのモロヘイヤ収穫を実演してもらいましたが、さすがにお見事。面白いようにサクサク摘みとられていました。


小泉さんご自身もモロヘイヤはよく食べるそうですが、離乳食からモロヘイヤを食べて育ったお孫さんは、大のモロヘイヤ好きで、毎日食べているそうです。なるほど、栄養価が高く、クセのない味のモロヘイヤは、離乳食にも良さそうです。
お孫さん、おばあちゃんの作ったモロヘイヤで、きっと元気に育っているのでしょうね。小泉さん、これからもお元気で、「まるごと三重モロヘイヤ」を作ってください。
