監修:管理栄養士 平井美穂先生
第18回
<ビタミンK>
ビタミンCやビタミンEは知っていても、ビタミンKはよく知らない、という方は多いのではないでしょうか?
実はビタミンKは、体にとって重要な働きをいくつも担っている、陰の実力者的な栄養素なのです。
もしも出血して血が止まらなかったら大変ですよね。傷ついた血管を塞いで血を止めてくれる仕組みがあるからこそ、私たちは多少の傷を負っても失血死せずに生きていられるのです。
ビタミンKの働きで一番知られているものは、血液を凝固させて出血を止めること。ビタミンKの「K」は血液凝固を意味するドイツ語の「Koagulation(コアギュレーション)」からきています。
血液を凝固させる「血液凝固因子」というタンパク質が12種類あるのですが、そのうちの4種類は、ビタミンKがないと機能しません。この4種類は、ビタミンKに依存しているので「ビタミンK依存性凝固因子」と呼ばれています。ビタミンKは、出血を止めるのに無くてはならない、重要なビタミンなのです。
ビタミンK依存性凝固因子が活性化することによって、さらに良いことがあります。動脈の石灰化が抑えられているという報告があるのです。動脈の石灰化が抑えられれば、心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患の予防が期待できます。
そしてもう一つ、さらに重要な機能があります。それは骨を強くすることと関係のある機能です。
みなさん、骨は何でできていると思いますか? 多くの方が「カルシウム」と答えるのではないでしょうか?
もちろん、カルシウムも骨の材料の1つですが、骨の土台を作っているのは、実はコラーゲン等のタンパク質。骨はコラーゲンにリン酸カルシウムなどのミネラルが沈着することでできているのです。
骨がしなやかにしなったりできるのは、土台がコラーゲンだから。もしも骨がカルシウムだけでできていたら、すぐにポキポキと折れてしまうでしょう。
さて、ビタミンKですが、なんと、骨の生成にも、骨の土台となるコラーゲンの生成にも関わっています。
食事で摂ったカルシウムは、約70%が体外に排出されてしまいます。少しでも多く体内に取り込むために、体は、さまざまな栄養素の助けを借りています。
中でも、カルシウムを骨に運ぶビタミンDや、カルシウムの骨への沈着を助けるビタミンKの摂取は重要です。ビタミンKは、体内で「カルシウム結合タンパク質」を合成しています。骨にカルシウムをくっつける糊のような役目をするタンパク質です。
骨の強度を決める要因として、カルシウムなどミネラルのつまり具合を示す「骨密度」が重要な指標になることはよく知られています。しかし、骨密度は十分高いのに大腿部骨折を起こす人の数が増えているという不可解な現象が起きていました。
それで、さらに研究が進み、骨の強度は「骨質」によっても左右されることがわかってきたのです。厚生労働省でも、骨の強さは「骨密度」と「骨質」の2つの要因で決まる、としています。
「骨質」とは骨の材質や構造の特性のこと。それには、骨の土台となるコラーゲンが大きく関わっています。ビタミンKは、コラーゲンの合成を促進させます。骨にカルシウムをくっつけるだけではなく、骨質を高めることにも一役買っているのがビタミンKなのです。
ビタミンKの役割を考えると当然とも思えますが、ビタミンKの摂取量と骨折率の関係には因果関係があることを裏付ける報告が、国内や海外でも多数あるようです。
欧米においても、ビタミンKの摂取量が多いほど、大腿骨の骨折率が低いとされているようですし、日本においては、ビタミンKを多く含む納豆をよく食べる人ほど大腿骨の骨折率が低いという報告があります。
骨粗鬆症の予防には、若いうちからカルシウムと共にビタミンKを十分摂ることを心がけるといいでしょう。
2022年8月、「出血を止める」「骨を強くする」以外の、ビタミンKの新たな機能について発表があり、注目を集めています。
東北大学大学院医学系研究科 腎・膠原病・内分泌学分野 三島英換(みしま えいかん)非常勤講師らの研究発表で、ビタミンKがフェロトーシスを防ぐ、というものです。
フェロトーシスとは、細胞膜のリン脂質の酸化で細胞死が起こることをいい、多くの病気の原因になっていますが、還元型のビタミンKがフェロトーシスを強力に防ぐ作用があると発表されたのです。しかも、還元型ビタミンKは抗酸化物質として働き、抗酸化力が強いとされているビタミンEより低い濃度でもフェロトーシスを防ぐことが確認されました。
フェロトーシスを防ぐことができれば、パーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患や心臓・腎臓の虚血再灌流障害、脳卒中などの虚血性疾患、さらには脂肪性肝炎など、多くの病気の発症を抑制することが期待できます。
どうですか? そんなに多くの病気の予防に関わるなら、今すぐにでもビタミンKを摂らなくては、という気持ちになりますよね?
日本人の食事摂取基準(2020年版)における成人のビタミンKの摂取目安量は男女ともに150μg/日に設定されています。
実はこの数値は、血液凝固の働きを対象に策定されたものです。
一方、骨の形成を対象にした目安を設定するのは難しいようです。
あるコホート研究では、ビタミンKを100 μg/日以上摂ったグループは、100 μg/日未満しか摂らなかったグループに比べ、大腿骨近位部骨折の発生率が少なかったという結果が出ているようです。これだけ見ると、100μg/日で十分に思えます。
これに対し、カルシウムを骨に沈着させる因子を活性化するには、おおむね500μg/日必要という研究結果があり、100 μg/日との間には大きな差があります。
このような理由から、現状では、正常な血液凝固の働きを維持するのに必要なビタミンK摂取量を基準として適正摂取量を設定するのが妥当という判断になったようです。
ビタミンKは、緑黄色野菜や海藻に多いビタミンK1と、菌類が産生するビタミンK2の2種類が知られています。ビタミンK2を多く含む食品で日常的に食べられている食品には納豆があります。ビタミンK1も生体の中ではビタミンK2に変換されて、いろいろな働きをします。
下にビタミンKの多い食品をまとめてみました。緑黄色野菜では、モロヘイヤがダントツの含有量です。
納豆1パック(45g)と茹でたモロヘイヤ20gを混ぜた「モロヘイヤ納豆」のビタミンK量を計算してみました。茹でたモロヘイヤは、生より少しビタミンK量が減って、450μg/100gです。
・モロヘイヤ20gのビタミンK:450μg×0.2 = 90μg
・納豆45gのビタミンK:600μg×0.45 = 270μg
これだけで360μg(目安量の2.4倍!)も摂れることになります。
ビタミンKには「これ以上摂ると危険」という上限はありません※。カルシウムの骨への沈着を促進する必要量が500μg/日という説があることも考えると、150μg/日と言わず、もっとたくさん摂るように心がけるのがいいかもしれません。
PROFILE
監修:平井美穂(ひらいみほ)
管理栄養士 / 食物栄養学修士 / 調理師 / NPO関西ウエルネス研究所理事
平井外科胃腸科クリニック(神戸市東灘区岡本)、その他透析病院等を含め医療機関にて栄養指導を行う。
百貨店・食品メーカー講師、レシピ提案など、乳幼児から高齢者までを対象に幅広い年齢層に対し、食と健康に関する講演会や料理講習会を行う。
管理栄養士
平井先生のひとことコメント
ビタミンKが多い食品はカリウムの多い食品とも重なります。
野菜、海藻、種実類、芋、豆、特に納豆など、植物性の食品に多く含まれます。
止血作用、動脈硬化の予防、コラーゲンの生成にも携わり、骨も丈夫にしてくれる栄養素。
ビタミンKは腸内細菌からも合成されるため不足する心配はそれほど必要ありませんが、野菜や芋、豆など多彩な食材を食事に取り入れて不足のないよう楽しみましょう。
持病などでカリウムの摂取制限がある方は、かかりつけの医師、管理栄養士の指示に従ってください。