モロヘイヤ効果研究所
内藤裕二

健康長寿との関連性で大注目!酪酸菌の秘密

京都府立医科大学大学院
医学研究科生体免疫栄養学講座教授

内藤 裕二 先生

国連人口基金(UNFPA)が発表した2022年版の世界人口白書によると、日本人男性の平均寿命は82歳、女性は88歳で、共に世界1位。1位タイの国は多数あるのですが、男女共に1位というのは日本と香港だけのようです。

「人生100年時代」が来るといわれてしばらく経ちますが、いよいよ現実味を帯びてきました。実際日本では、100歳以上の高齢者数が年々増え続け、2021年には8万6,510人に上ったそうです。

人生100年時代の課題は健康長寿

さて、100年生きるとなると、病気や肉体的・精神的な衰えを予防しながら健康を維持することに関心が集まります。

世界には、イタリアのサルデーニャ島やギリシャのイカリア島、米国カリフォルニアのロマリンダなど「長寿村」などと呼ばれる地域がいくつも存在しますが、日本にも明らかに長寿者の人口が多い地域があり、京都府の京丹後市周辺もその一つです。

百寿者の数が全国平均の3倍!京丹後市の秘密を探る

京丹後市は、丹後半島にある海沿いの町。100歳を超える長寿者が多いだけでなく、畑仕事をしたり、よく歩いたりと、元気な高齢者が多いのだそうです。

なぜ、京丹後市には健康長寿の高齢者が多いのか。

その秘密に迫る研究が、2017年から始まっています。京都府立医科大学と京丹後市立弥栄病院が共同で行う『京丹後長寿コホート研究』です。この研究は、京丹後地域の65歳以上の高齢者850人を対象に、日常生活、食事、睡眠時間、血液検査、血管年齢など600項目以上を調査し、その後15年間経過観察する疫学調査です。

この研究の中で行われた腸内細菌の分析結果に注目が集まりました。健康長寿の人たちの腸内細菌には、共通する明らかな特徴があったのです。

腸内細菌分析を担当されている内藤裕二先生にお話を伺いました。

健康長寿の秘密は「酪酸菌」にあり

京丹後の高齢者の腸内細菌に共通して見られた特徴とは何だったのですか?

内藤:京都市と京丹後市の高齢者それぞれ51人の腸内細菌を比較解析したところ、ファーミキューテス門という種類の菌の割合が、京都市では58%、京丹後市では68.2%と、京丹後市の方が10%以上高いという結果がでました。

ファーミキューテス門の中でも特に多かったのがロゼブリア菌、コプロコッカス菌、ラクノスピラ菌で、これらはどれも酪酸を作る菌(酪酸菌)として有名な菌だったのです。

酪酸菌が多かったということには、どのような意味があるのでしょうか?

内藤:ここ10年くらいの間に、腸内細菌のDNAを丸ごと調べるメタゲノム解析が本格化し、ヒトの免疫システムには、腸内細菌が作り出す酪酸や酢酸、プロピオン酸などの「短鎖脂肪酸」が深く関わっているという事実が解明されてきています。

そこで私たちは、京丹後市の健康長寿の秘密にも腸内細菌と免疫システムが関係しているのではないかと考え、分析を始めたのです。

酪酸菌が多いという結果から、京丹後市の高齢者は酪酸のおかげで免疫力が高く保たれているのではないかと推測されました。

余談ですが、2020年に新型コロナウイルス感染症などの対策としてレジリエンスジャパン推進協議会から出された国民向け緊急提言「STOP感染症2020戦略会議」でも、「免疫力を向上させる酪酸菌、乳酸菌など、プロバイオティクス摂取の重要性」が提案されています。

一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会: 2014年の閣議決定「国土強靭化基本計画」に基づき、民間の叡智を結集して国土強靭化の推進を図ることを目的として設立された組織。産・学・官・民からなるグループを立ち上げ、政府と連携してレジリエンスへの理解の促進、普及・啓発に努めている。

健康長寿と酪酸の関係が証明された結果となり、注目されたのですね。酪酸は体の中でどのように働くのでしょうか?

内藤:酪酸菌は主に大腸に生息し、酪酸菌が産生する酪酸は、大腸を動かす主要なエネルギー源になります。

さらに、全身の健康にも影響を与えます。

例えば、「炎症を抑える」「がんの増殖を抑制する」「腸のバリア機能を維持する」「骨形成を促進する」「糖尿病に有効」「うつ病を抑制」「加齢による筋萎縮を抑制」など、数えきれないほどたくさんの効果が期待できます。

実際、京丹後市の男性の死亡原因を全国のデータと比較すると、大腸がんや、脳や心臓の血管疾患が少ないという特徴があります。

ただし、期待される効果の多くは、理論上あるいは動物実験などをもとにした推論です。残念ながら臨床試験で証明されているものはまだ少なく、解明されていくのはこれからという状況です。

内藤裕二先生

酪酸菌を増やすには?

健康長寿につながる多くの可能性を秘めた酪酸菌が多い腸内環境は、うらやましい限りです。酪酸菌を増やすにはどうしたらいいのでしょうか。

内藤:京丹後の高齢者の生活が参考になると思います。

研究でわかってきた特徴の1つは、京丹後の高齢者は運動量が多いということです。スポーツをするわけではありませんが、畑仕事をしたり、交通手段があまり無いので、ご近所さんの家に行くにもかなりの距離を歩いたり。

また「他人の世話にはなりたくない」と思っている方が多く、何でも自分でやるので、必然的に日常的な身体活動も多くなるのです。

もう1つは、食生活です。京丹後の高齢者は、全粒穀物を主食にしている方も多く、根菜類や海藻類、豆類も日常的によく食べます。この傾向を見ると、食物繊維、特に水溶性食物繊維を多く摂っていることがわかります。これらは腸内細菌のエサとなる食品なのです。

酪酸菌のサプリメントもたくさん市販されているようですが、いかがですか?

内藤:胃酸や胆汁酸で溶けず、腸まで届くように処理されているかどうかが気になります。

人の腸内細菌叢は、幼児期までに常在菌がほぼ決まり、変化があってもすぐに元に戻ってしまいます。酪酸菌そのものを飲んで増やそうとするより、エサになる水溶性食物繊維をたくさん摂って、もともと自分の腸にいる酪酸菌を育てるという考え方がいいと思います。

若い世代で腸内細菌叢の多様性が失われつつある

高齢者だけでなく、若い世代の腸内環境の分析もされているそうですね。

内藤:同じ京丹後市でも世代が新しくなるにつれて、腸内細菌叢は多様性を失い、悪くなってきているというデータがでています。

高齢者と若者では生活習慣も食事内容も違いますね。仕方がないことなのでしょうか?

内藤:今、京丹後市では、京丹後で昔から食べられている食材を使って若い人の好む料理のレシピを作り、レシピ本にするというプロジェクトを進めているそうですよ。

素晴らしいプロジェクトですね。それなら若い人たちも腸内環境を改善できるかもしれませんね。

腸内細菌、今後の研究にも注目

内藤先生は常にウェアラブルデバイスを身につけて、ご自分の体の調子をモニターしていらっしゃいます。先生によると、食べたもの飲んだものによって、驚くほど体の反応が違っていることがわかるそうです。お話を聞いて、食事内容が健康にとっていかに重要かということを改めて強く感じました。

さまざまな研究によって、腸内細菌が健康長寿のメカニズムに影響を与えていることが明らかになりつつあるようです。しかし、全身の健康に関わる腸内細菌の働きについてはまだまだ謎だらけ。今後どんな研究結果が出てくるのか、楽しみに待ちたいと思います。

本日は、お忙しい中お時間をいただき、ありがとうございました。

内藤先生とモロヘイヤ応援隊永原隊長

内藤 裕二 先生 プロフィール

京都府立医科大学大学院
医学研究科生体免疫栄養学講座教授
京都府立医科大学卒業後、米国ルイジアナ州立大学客員教授、京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学准教授、同大学附属病院内視鏡・超音波診療部部長を経て、2021年より現職。専門は消化器病学、消化器内視鏡学、抗加齢医学、腸内細菌叢。
著書に、『酪酸菌を増やせば健康・長寿になれる』(あさ出版)、『すべての臨床医が知っておきたい腸内細菌叢』(羊土社)など多数。

『酪酸菌を増やせば健康・長寿になれる』

『すべての臨床医が知っておきたい腸内細菌叢』

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